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Before Act
-Aselia The Eternal-

幕間 ラキオス
06:00 - 09:00



 01:00 P.M.-


「――ジェイムズ様」

「どうかしたか、メラニス?」

バーンライトの首都であるサモドア。
その首都の中心部に位置するバーンライト城の一室、ジェイムズの執務室にメラニスの現れた。

「先ほど頼まれました調査資料を検討していた所、少し奇妙な点がございましたのでご報告をと…」

「先ほどのといえば――さきのサモドア山道戦での被害報告のことか。それで、何を見つけたのだ?」

「はい。さきの戦闘によって我が国の戦力は大幅に削がれたことは周知の事実です。
その過程のおけるスピリットの運用・資材の確保に橋頭堡の設置費用、ならびに駐屯費用もかかっています。
当然のことながらもそれらを総合すれば多額の出費に上ります」

「癒着でも見つけたのか?」

メラニスは首を横に振った。

「――いえ。流石に短期決戦を前提にしていた戦いに付け入るのは証拠を残し易くなるためにありません。
資金と調達物資の相互換金率はほぼ問題なし。運用は滞りありませんでした」

「…では、何が奇妙なんだね?」

上手く運用されているならば何も問題は無い。
むしろ上手く出来たのが何か問題なのだろうかとジェイムズは思う。
メラニスは少し険しい顔をして、言った。

「足りないのです。回収された物資の数が」

「市民へと卸されるのとマナへと還元する際に生じる誤差ではないのかね?」

エーテルを再びマナへと還す際に微量ながらも減っている。
これはあまり外へと知られず、また資料そのものが皆無に近い事実であった。
そしてマナへと還らない物資はそのまま一般層へと安値で卸されて財政の足しにされる。

「その点では技術者の方々に検討してもらいましたがマナに関しては許容範囲内。
足らないのはそれ以外の物資に関してです。それも卸される以前の段階で、です」

「具体的な時期に関しては分かったのかね?」

「出兵していた兵士の方々に部隊長より調査してもらったところ、搬入時点で一部紛失されていた事がわかりました。
消失理由及び経由そのものは不明。無くなっていたのは水筒、携帯布団、灯火などの野宿一式関連でした」

「そのような物が何故…」

「大本を辿っていくと、物資の発注そのものに余分がありました。
おそらくその時点で何者かが搾取したのではないかと思われます」

顎の髭を撫でながらジェイムズはメラニスの報告を思案する。
資金を求めずに物資そのものを狙っていた? 本来ならばそのような事をする理由など分かるはずもない。

「―― 一体何が目的で…ただの偶然か? それとも何かを狙っていたのだろうか…?」

「ジェイムズ様。兵士の方々に調査をして貰った上で、そちらで奇妙な話を耳に致しました。
もしかすれば…おそらくは、何か関係の糸口になるやもしれないかもしれないのですが――」

いつもはきはき言うメラニスにしては珍しく口篭っている。

「良い。言ってみろ」

「はい」

意を決して、メラニスは言う。


「スピリットの数が、残っていたはずのスピリットが帰還時に幾つかの部隊が“消えていた”そうです」


 01:22 P.M.-

「いやしかし、スピリットも人と同じ食事をするんですね…」

「人の形をしてるのだがら当たり前の事だ」

そう言うレイヴンにウィリアムは少し困った顔をした。

「それはそうですが、普段お目にかかれないスピリットですから自然と聞こえてくる噂などが常識になっていたものですから」

「他人の戯言など所詮は出来話にしか過ぎない。
その話をする者もウィリアムと同じく噂でしか聞いた事もなく、ましてやスピリットの日常生活など知りもしない」

スピリットを連れてきたレイヴンにウィリアムは驚いたものの込み入った話は昼食の後のする事になり、今丁度後片付けを終えた所であった。
三人のスピリットも話の折り合いから同席して食事を取っていたのでウィリアムは驚嘆したのである。

「それは失礼。何せスピリットよりもエーテル研究を考えているもので、そういった思考はなかなか致しませんね」

「それはそれで仕方のないことだ」

「ははは」とウィリアムは苦笑いをして愛娘へと視線を向ける。
セリアはスピリットが珍しく、しげしげと見詰めていた。

「これがスピリットなんだ。う〜〜ん――どうも〜!」

「どうも〜!」

「…どうも」

「どうも初めまして…」

話そうとするも、肝心の一言目が思い浮かばず、少し悩んでセリアはまず挨拶をした。
フィリスたちも各々返事をするも、積極的なのはフィリスのみ。

「スピリットってどんなことができるの? お空を飛べるの? 大岩も軽々持ち上げられるの〜?」

「せ、セリア!? そんな事をスピリットに聞いてどうするんだい」

「ん〜? ただ聞こうとしてるだけだけど〜?」

慌ててウィリアムが止めに入り、セリアは不思議そうに父親を見上げる。

「いや、その、ほら…ね?」

「それじゃーわかんないよ〜、お父さん」

歯切れの悪いウィリアムにセリアが少し困惑している。

「ウィリアム。さきほど俺が言った事は理解しているのか?」

そこにすかさずレイヴンが指摘し、ウィリアムは少し沈黙して苦そうな笑顔をセリアに向けた。

「……ゴメンよ、セリア。お父さんが少し混乱していたよ」

「? 大丈夫〜?」

「もちろんだとも。お茶を飲んで頭を冷やしてくるよ」

 01:37 P.M.-

「捕まった奴らは罰金と厳重注意で済んだってよ」

「あいつらはいつも貧乏くじを引くよなー。賭け事もよく負けてるしよー」

「でもどうするよ。実際、俺たち生活費すらヤバイぜ?」

男たちは酒場で酒を煽りながら、雑談交じりに話している。
そしてそのうちの一人がおもむろに言い出した。

「…なぁ、もう一度森に行ってスピリットを探すってのはどうよ?」

「また? こりねぇなぁ。今度見つかったら捕まった奴らよりまずいぞ」

「大丈夫だって。これも賭けるのと同じで兵士に見つかるか俺たちがスピリットを見つけるかのよ。
兵士に捕まれば金がなくなり、スピリットを見つければ危険に見合った金が手に入るんだぜ?」

「そうけどのよー…どうするよ?」

顔を見合わせる男たち。発案者の男は不敵な笑みを浮かべる。

「俺だけでもいいぜ? その時に入る金は全部俺のだからな」

「…はっ。誰がお前なんかに金儲けさせるかよ!」

空になった酒瓶をテーブルに叩きつけるように置く。

「――金が入って遊びてぇしな。抜け駆けはさせねぇぞ」

「へへ。そんじゃ決まりだな」

 01:44 P.M.-

「お父さん。少し落ち着いた〜?」

「ああ、大丈夫だとも。それでは、話の整理に入るのでよろしいでしょうか…?」

飲み物を飲んで少し休憩したウィリアムはレイヴンに済まなそうに切り出した。

「構わない。まずは状況の整理から入る。この場合はまずは俺の方からだな。

俺は元々バーンライトのラセリオの諜報活動でバトリ親子との縁があった。
これは俺が技術提供の代わりに情報提供による取引で繋がっていたためで、今は不要な説明を省く。
今の俺はバーンライトとの関係は絶つ事となって山道が封鎖する前にこのラセリオに来ている」

「あのスピリットたちはどうしたのですか?」

「向こうで仕事をする際に選抜していた直属の部下の立場にあった者たちだ。
行動を共にしている際に、巻き込む様な形で同伴している。」

「スピリットと行動を共に――…いや、そうですか」

「こちらの事情はこの程度にして問題に入る。
問題なのはこのラセリオに侵入しているバーンライトのスピリットについてだ。
これは少なくともここに居るスピリットではないのは断言できる」

「その根拠はなんですか?」

「山道の封鎖前後における情報伝達速度の誤差があまりにも際立っている
封鎖前ならばラセリオからスピリットを首都へと帰還させるという無謀な真似はしないだろう。
封鎖後となればあまりにも早すぎる。理由があるとすれば誰かが意図的に情報を偽ったのか、何かの目的で流したかは今の所分からない」

「私は先ほど初めてスピリットが侵入したのを知りましたから、お役に立てませんね…」

「わたしもそういった噂話を聞いた事もないな〜」

何ら手掛かりを持っていない二人は少し残念そうにしている。

「シルス、リアナ、フィリス。何か知った事はあるか? 森で襲われた際に手掛かりな事を口走っていたか?」

「…私たちを追いかけてきたのは一般人たちでしたからそれほど多くは知っていなかったかと――」

「ああ、でも。兵士から盗み聞いて森にスピリットを探しに来たとかなんとか言っていたかも」

リアナの少しすまなそうな言葉にシルスが気づいた事を挟んで言う。

「どんな口ぶりだった? 目的及びその根拠は口に出していたか?」

「えーっと…確か兵士の話を小耳に挟んだとか言ってたわ」

「その話からお金儲けのために集団で探しに来ていたようです」

「背格好や性別・人数構成はどんなだ?」

「ちょっとそこまでは――」

即座に逃げたためにシルスはそこまでは把握できていなかった。そこにすかさずリアナが繋ぐ。

「構成は全て男性の七人。背格好は規則性はありませんでしたけれども、そう高価で整った服装ではありませんでした」

「ちんぴら〜」

的を得たフィリスの言葉にリアナは微笑んでフィリスの頭を軽く撫でる。

「ふふっ、そうでしたね。私見で言わせて貰うのでしたら、一般的な独身男性の遊び人だと思います」

「そうか。それならばお前達を迎えに行く際にそれに該当しそうな男を五人確認した。
今の話からすればその男たちはスピリットの捕縛金目当てで勝手に動いて捕まったか、少数で捜索を持続しているか、だ。
だが後者は俺自身の私見と特徴から見える行動概念からないと見て前者の線で行く」

「スピリットを捕まえようとしたならそれはそれとして、そこからどうやって情報があたしたちじゃないって証明するの?」

「兵士の話を耳に挟んだという事は、その情報自体が兵士へと何処からか事前に流れてきた事になる。
俺たちの存在を事前に知る断片情報や生死確認など居るか?」

シルスは少し顔を険しくする。
山道より天坑に、そしてそのままこのラセリオへと来ているのだ。誰もそれを知る者は居ないはず。

「居ないわね…」

「それではその情報の流通元に時間的にも矛盾が生じる。もっと別からと考えるのが妥当だ。
その情報自体がガセネタであるとも考えられるが、どうもこの事態が少し大きくなっている嫌いがある」

「――あ、それってさっき街に来たスピリット隊のことかな〜?」

完全に聞き手になっていたセリアはふと思い出した事を口にする。
それを聞いてレイヴンは軽く頷く。

「そうだ。首都に残存戦力を集結させたにも関わらず、再びラセリオへと戦力を集結させてという事はこの情報をラキオスは信じている。
そして首都からこのラセリオまでスピリットが歩いて遅くて半日程度。つまり前日以前から今日の明け方の時間帯まで得た情報というわけだ」

「? なんで明け方なの? 朝日が少し昇ってから位でちょーどいいくらいの到着じゃ〜?」

「変換施設を追い出される際にそれほど緊急を要していなかった。つまりそれは現状の緊急の度合にもなっている。
スピリットを出動させるには幾つかの行程を踏む必要がある。
あくまでもスピリットは国の最高権力者の所有物であり、その行動は国王の承認なしには動かせない。
ゆえに国王が命令を出し、それをスピリット隊隊長の人間が動かして初めて動き出す。
これだけの手間をかけるために時間の遅れを考慮しただけだ。これが全てではないがな」

「――へぇー。そうなんだ〜…」

理解は出来たが、微妙に着いて行けなかったセリアは苦笑い。

「情報の遅い早いにこちらの関与の真偽はこれで終わらせるとして、今後の行動について提案がある。
ウィリアム、いいな?」

「あ、はい。私としては協力させていただきたいと思いますけど…その、セリアを巻き込むのは、躊躇いが――」

「お 父 さ ん ? わたしをのけ者にしようとしてるんじゃ〜?」

恨めしげにセリアに睨まれたウィリアムはかなり慌てて訂正する。

「そんな!? 私はだよ、セリア? セリアにもしものことがあったら気が気じゃないんだよ〜…!!」

「だいじょうぶだいじょうぶ! わたしは気にしないから、お父さんも一緒にやろう、ね?」

一緒に、を強調するセリアの言葉にウィリアムはしぶしぶ了承をした。

「そちらの話がまとまったのならこちらの話を進める」

 02:12 P.M.-

「――ふぅ」

メラニスは城内のテラスで深い溜め息を吐いた。
ジェイムズに報告をしてから既に小一時間が経過しており、その間メラニスはさらに詳細な情報を得ようと動き回っていたのだが――

「メノシアス様が居てのありがたみがこの様な時に感じてしまうとは…」

初めに聞いた情報をより細かく調書を取ったり、山道戦での物流の逆に辿ったりと多岐に渡ろうとしていた。
だがそれはあまり上手くいっていなかった。

――メラニスの肌が浅黒いから。

――元々異国の民の娘だから。

吹いてくる風に短い黒髪が浅くなびく。

「――それでもしっかりしなくては。情報も少ながらず集まっているのも確かですし…!」

小さく力強い頷きをしてメラニスはテラスの後にする。

 02:19 P.M.-

「なぁ、本当に大丈夫なんだろうな?」

再び森へと訪れた男たちの一人が少し声色を落として先頭を行く男に声をかける。

「大丈夫だって! さっき街に首都からスピリットが着たから兵士なんか街の中に引っ込んで橋の見張りすら居なかっただろうが。
そりゃつまりスピリットの奴らが俺たちが最初に見たスピリットを見つけるまでの間に見つけりゃいいだけのことよ」

「んな逃げ腰ならお前だけさっさと帰ればいいだろうが!」

「そん代わり、お前には分け目はねぇ。あはははっ!」

他の男たちに中傷される最後尾の男は渋々と後をついていく。
先ほどは街道の西側を探して見つからなかったために今度は東側を探索している。
こちら側は西側とは違って生い茂る緑が少し濃くなっている。そのため、視界も少し狭まっていた。

「――ぅん?」

男の一人が目を細めて先ほど自身が見た風景を観察する。

「どうかしたか?」

「いや、さっき向こうで何かが光ったような気がし――」

見ていた方を指差した男に言う方を見るが、他の男たちには何も見えない。

「おいおい。なんも見えな――」

言葉を飲み込んで戦慄する男。他の男たちも振り返って同じく戦慄し、愕然とした。

男の首から上が、なかった。

 02:31 P.M.-

「ごめんよセリア。決して私はセリアを裏切ったんじゃないんだ。だから――」

「そろそろそれを止めにし、話を進めるぞ」

ラセリオの街を大人二人。――レイヴンとウィリアムが歩いていく。
話し合いの結果、レイヴンが調査の為に外に出、同行者としてウィリアムとなった。
それにはセリアも着いていくとごねていたが、フィリスたちの守り手として説得したのである。

「…そうですね。これからどうするつもりなのですか?」

「現在のこの街の警戒態勢を知りたい。この街に来たスピリットが駐屯する区域に偵察に行く。
ウィリアムにはその周辺の衛兵に情報収集してもらう」

「私がですか!? そんな、どうやって聞き出せばいいのか…!」

「お前はただ単に変換施設の仕事が残っている事について聞けばいい。
『まだ施設での調整の仕事が残っている。話の侵入者はまだ見つけていないのか』とな。
その際にあまり技術的な事は説明せずに、いかに技術者として仕事をしたいのかを相手に伝えるのが良い」

「…上手くいくかわかりませんが、やってみましょう」

自分でも出来そうであり、ウィリアムはしっかりと頷き、レイヴンはさらに補足をする。

「あまりしつこく言い詰めるずに。追い払われても少し辺りをうろうろするとより効果的になる。
もしもこれ以上は無理だと少しでも感じたのならば、商店街の中央広場で合流だ」

「分かりました。それではスピリットの行き――どこでしょう…?」

肝心のスピリットが居る場所がわからない事に思い至り、ウィリアムは率先しようとして二の足を踏む。

「こっちだ。街に住む者でも毛嫌うスピリットの居る場所を知らなくても仕方がない」

「それで街の人ではない貴方が知っているのには少し自分が悲しくなりますね。
セリアの前でもそうですし、ましてやシリアにさえも…しくしくしくしく」

「その調子で兵に尋ねれば丁度いいな」

「嬉しいような余計に悲しくなるような…」

 02:39 P.M.-

「はぁ、はぁ! はぁはぁ!
なんなん、だよあいつらは!?」

男が一人森を駆け抜けていく。慣れない凹凸の獣道をただひたすら走っている。
かなり頻繁に背後を振り返り、時折足を絡ませて転倒するも這って立ち上がり、さらに走る。

「ちくしょう、ちくしょうちくしょうちくしょう!! なんで俺がこんな目に遭わなきゃならねぇんだよ!!?」

男は仲間にスピリットを探しに再び行こうと誘われて面白半分に付き合っていた。
だが今は最早自分一人で森を走って逃げている。

「だから俺は途中で引き返そうって言ったのによ!!
――ひっ!?」

前方の森の中から人影らしきものを見た男は急制動を駆けて左の森へと方向転換をした。

「なんなんだよあいつらは!? なんでいきなり襲い掛かって来んだよ!!?」

他の仲間がどうなったのかはこの男は知らない。
初めに一人の男が首無しになって、残りの体が倒れるのと同時に皆逃走していた。
一人が別の方向へと逃げていたが、残りの二人はこの男と同じ方向へと逃げていたのだが――

「ちくしょうちくしょうちくしょおぉおおおおぉ!!」

視界が開け、男は足を踏み外して転げ落ちる。
出た場所は運が悪く段差のあったために転がり落ちた後も体全員の受けた打撲でうめき転がった。

「痛ってー…。なんだなんだよ、ホントによぉ……」

全身に受けた鈍痛に男は弱々しい声で愚痴る。
そして身体を起こした腕の先に何かぶつかる物体があった。

「ひっ!!? ――ぁああああ゛あああ゛あ゛!!!!!」

一瞬声を詰らせるも、徐々に理解していく光景に男は声にならないうめく様な悲鳴を金切り声で叫ぶ。
男の脇にあった物。それは――

さっきまで行動を共にしていた男たちの亡骸。

最初に首無しとなった男の胸元には頭が丁寧に置かれている。
他の亡骸も所々が欠落しているが、パーツそのものは全て揃っていた。

転げ落ちた段差の壁に背中をぶつけ、男は目の前の光景の発狂していた。
あまりの光景に恐怖し、森に来た事への後悔の念。
そんな男の心境とは別に、男の頭上から小枝の割れる音がする。

『………』

“それら”は眼下の男と転がっている亡骸を眺め、おもむろ一人が片手を男へと掲げる。

「!! なんなんだよ貴様らは!!!?」

急激に眩しくなった頭上に気がついた男が見上げ、見えた光景に絶叫する。

それらは何も答えない。

「なんで人間に歯向かう!! 人間の道具のくせによ!!?」

それらは何も答えず、答えの代わりとばかりに手を掲げていた一人が軽く手を引き――

「“スピリット”の分際で――」

一人が再び前へと手を掲げた瞬間に光が男へと向かい、叫び声が途絶えた。

 03:06 P.M.-

「―――」

レイヴンはリュケイレムの森へと目を向ける。
スピリットの詰め所を観察中であったが、一瞬だけ感覚に触れる反応があった。

「黒、というわけか」

最早ここに居る理由が消え、レイヴンは足を商店街の中央広場へと向けた――

 03:12 P.M.-

「何処に行くんですか?」

「リュケイレムの森だ」

レイヴンから直接合流したウィリアムは突然行く所があると言い出した張本人の後を追っていく。

「森にですか? どうしてまたそんな所に…。何か有力な情報でもあったんですか?」

「情報そのものは駐屯するラキオスのスピリット隊の構成・人数でしかない。ウィリアムの方でもそれほど得られなかったのだろう?」

「ええ。やはりと言いますか、スピリットの行動は国家機密までとは言わないにしろ、兵士の間でもそれほど知らされていなかったみたいです。
お陰で私が愚痴をはめになっちゃってましたよ…」

その愚痴が酷かったのか、思い出してウィリアムは少し疲れた顔をする。

「それで、どんな話が聞けたのだ? 少なからず現状の兵士間の情報は得られたはずだ」

「そうですね……先ほど家で話していましたスピリットを探していた男たちの情報ですけど、どうやら本当らしいです。
半分以上は捕まえられなかったけど二人を厳重注意して今は解放されたらしいです」

「二人か。ならば数も合う」

「他には付き合いの悪い新入りの話やいきなり来たスピリット関係の仕事が入って皆さんが不満で一杯とかですね」

「それに関しては森に向かいながら聞こう」

「橋を渡るのは大丈夫なのでしょうか? 門番の衛兵も居るはずですので…」

「今の時間帯は特に制限は無いだろう。だからこそ男たちが森へとスピリットを探しに行けたのだからな」

「…確かにそうですね。では、お願いします」

 03:22 P.M.-

「………」

「「………」」

「〜〜♪」

バトリ家では沈黙が続いていた。
唯一フィリスだけが鼻歌を歌いながら御伽噺の本を読んでいる。

「ええっと…フィリスってどんな内容のお話が好きなのかな〜…?」

「うーん、エヒグゥが追いまわされて最後には捕まって蒸し焼きにされるお話〜」

「―――そ、そうなんだ〜〜…」

「うんっ!」

会話終了。セリアはどう突っ込んでいいのか分からず、話が続かない。

「――シルスはどんなのを読むのかな〜…?」

「別に特定の種類を読んでいないわ。気に入った本は哲学関係だし、御伽噺話はとっくに読み飽きている」

「うー。リアナはどう〜?」

「…特にこれといった物はありません」

「…そうなんだ〜。あはは…」

「…そうなんです、すみません」

「き、気にしなくていいよ。うん!」

こちらはこちらで会話が続かない。セリアが聞けば答えてくれるが、壁を感じてしまう。
彼女たちから何かを訊ねるとも話し掛けるともせずにジッとしている。

「えーっと〜〜…」

「「………」」

セリアはスピリットと話をするのは初めてであり、彼女達もレイヴン以外との話は初めてであった。

「うーっと〜〜…」

「「………」」

セリアは何とか話が繋げられる様にと思案するが、思いつかない。
うめいて悩んでいると、裾を引っ張られてセリアはそちらを向く。

「…フィリス? な、なにかな〜?」

「うにっ」

無邪気な微笑みとともに目の前に出される物。
それを手にして眺めると、それは長方形のカードの束であった。

「こんなカードがなにかな?」

「一緒に遊ぼ!」

「…ぇ?」

セリアは一瞬、思わず絶句した。

「遊ぶ? 一緒に?」

「うん。リアナお姉ちゃんもシルスお姉ちゃんも一緒にっ!」

視線を二人へと向けるとシルスは渋い顔をし、リアナも少し困った顔をしていた。
だけれども直ぐにシルスは諦めた顔を、リアナはにっこり微笑んだ。

「…いいわ、やる」

「はい、やりましょうか♪」

その返事にフィリスは喜ぶ。

「――にゃはは…」

少し苦笑いをするセリアだったが、気を取り直していつもの自分で行く事にした。

「よーし。それじゃあ、やろうか〜!」

「うにっ!」

張り切る二人を見て、シルスは嘆息する。

「全く。フィリスの行動にはいつも呆れるわね…」

「いいじゃないですか」

「ま、いいけどね」

リアナの返しにやれやれとばかりにシルスは苦笑した。

 03:43 P.M.-

「――何かあるんですか、こんな森の奥深くで…?」

ウィリアムは鬱陶しいまでに生い茂る草木を掻き分けてレイヴンの後を追っている。
当のレイヴンはまるで目的の場所を知っているかのように迷いのない足取りでさらに森の奥へと進んでいく。

「…場所は間違ってはいないようだな」

「? 何かあったんですか?」

急に足を止め、しゃがみこんだレイヴンを覗き込む。
その先には何かが通った痕跡――草木を掻き分けて癖がついた草木や折れている小枝、森林地帯ゆえの葉の積もった地面の足跡があった。

「――例の男たちでしょうか? でも話では街道の反対側だったはずでしたけど…」

「この跡は真新しい。おそらくまた探しに来たのかもしれない」

「また、ですか? ではネウラさんはその男たちを捜しに来たのですか?」

「違う。確認に来ただけだ」

そう言って立ち上がり、レイヴンはある一点方向を見詰める。
ウィリアムを倣ってそちらを向くと、その方向から森の心地良い風が彼らの吹いてきた。

「…? 何か変な臭いが?」

風に混じって鼻につく臭いが香ってきた。

「何でしょうか…? 知っているようで少し違うようなこの臭いは――」

「直ぐにわかる」

そう言ってレイヴンは臭いがする方へと歩いていった――。

 03:51 P.M.-

「これは…」

歩いて間もなく、開けた視界の眼下には大きな穴が存在していた。
その穴からはもうもうと水蒸気が立ち上り、先ほど香ってきた臭いがとても濃厚で、ウィリアムは鼻を抑える。

「この穴から臭いがする。一体この穴は――」

「穴そのものから臭いが出ているのではない。
穴に臭いがこびり付いて立ち上る水蒸気と共に空気中に散布される形となっているだけだ」

「そうなんですか?」

「ああ、この臭いは肉を焼く時と同じだと思わないか?」

「…あっ」

ウィリアムはようやく思い出した。
何かに似ている臭いだと思っていたのは、肉を火で焼く時に出る肉の焦げる臭い。

「そうでした。よく知っているのに、何で思い出せなかったんだろうか!」

「この臭いで思い出せたのならばそれはそれであまり人間として芳しくないかもしれないな。何せこの臭いは――」

 03:58 P.M.-

「―――ぇ…?」

ウィリアムはレイヴンの言葉に絶句した。
レイヴンの表情を見るも、彼は平然と穴の端を擦って感触を確かめている。

「…今――なんて、言いました?」

「もう一度言って欲しいのか?」

 03:59 P.M.-

顔をウィリアムへと向けたレイヴンは息を一回吐き、そして吸う。

――そして再び吐き出すと共に、言葉を発する。



「この臭いは、
人間が燃焼して発生した臭いだ」



 04:00 P.M.-




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